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藤原摂関家の兄弟確執:兼家と兼通の物語
作成者: 日本人の9割が知らない歴史(@picolis_history)
- 【兄弟の仲良し時代】
- ・藤原摂関家の嫡流として生まれた兼家は、長兄伊尹との仲が良かった。
- ・伊尹は関白に就任し、兼家はその補佐役として宮中で力をつけていった。
- 【兼通の冷遇と兄弟の争い】
- ・次兄の兼通は伊尹から冷遇され、兼家の官位が兼通より高くなったことで確執が生まれた。
- ・伊尹の辞任後、兼通と兼家は関白の座を巡り激しい争いを繰り広げ、円融天皇の御前で口論する場面もあった。
- 【遺言状と関白の座】
- ・兼通は円融天皇の母が書いた遺言状を持ち出し、兄弟順で関白の座を継ぐべきだと主張した。
- ・この遺言状に従い、関白の座は兼通に渡ったが、円融天皇の気苦労は絶えなかった。
- 【兼家冷遇の時代】
- ・兼通が権力を握ると、兼家は冷遇され始めた。しかし、兼通が病に倒れた際、兼家の牛車がその家に近づいてくるが、兼家は素通りして出勤し、兄弟の関係にも厳しい線引きをしていた。
- 【兼通の後継者と降格】
- ・兼通が自身の後継者として兼家ではなく、従兄の藤原頼忠を指名し、兼家の役職をはく奪し、降格させた。
- ・兼通の後を継いだ頼忠は兼家の役職を元に戻し、円融天皇の後宮にいた兼家の娘が親王を産む。
- 【兼家の孫と皇后の争い】
- ・兼家は娘を正式に皇后にしようとし、円融天皇は頼忠の娘を皇后にしたため、兼家はふてくされ、娘と孫(親王:のちの一条天皇)を連れて屋敷に引きこもる。
- ・円融天皇が心配して使者を派遣するが、兼家は返事をしない。
- 【和解と約束】
- ・円融天皇は口実を作り、兼家と親王を呼び寄せ、将来的に兼家の孫を東宮にすることを約束する。
- ・兼家は喜び、機嫌を直すが、円融天皇は若干18歳で、達観した言葉で兼家を慰める。
- 【兼家の孫と摂政の台頭】
- ・兼家の孫である一条天皇が即位し、兼家は摂政として権力を握る。
- ・円融上皇は兼家一家の権力集中に反対するが、兼家は地盤を固め、62歳で亡くなる。
- 【継承と栄光の時代】
- ・兼家の息子たちはその強固な地盤を引き継ぎ、5男の道長の代で全盛期を迎える。
作成日: 2024年1月17日 更新日: 2024年1月29日