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日蔭茶屋事件だけじゃない女「神近市子」【前編】
作成者: 日本人の9割が知らない歴史(@picolis_history)
- 1888年、長崎県北松浦郡佐々村(現在の佐々町)、海を臨む農村で生まれた。
- 父(漢方医)は早く亡くなり、兄たちも病死。家計は母と姉が機織りで支えた。
- 市子は人の言いなりになることを嫌い、独立心が強い「おとこおなご」に育つ。
- 一時、他家に預けられたが、「手に負えない」と戻された。その家で蔵書を読み漁り、読書の楽しみを知る。
- 1904年、市子は親戚の援助で長崎市のミッションスクール、活水高等女学校初等科3年次に編入。
- 異国情緒ある街並みや校舎に感動し、英語と文学に傾倒。
- 東京でのさらなる学びを望み、中等科3年で退学。
- 上京後、津田梅子が創設した女子英学塾に編入。アメリカ人教師と同居し、英会話力を身につける。
- 猛勉強するも、真の友人がおらず孤独を感じる。
- 1912年、24歳で青鞜(日本初の女性による女性雑誌)を読み、感激。小説と翻訳を寄稿し、青鞜社に加わる。
- 青鞜は1911年9月に創刊。創刊号で女性解放を高らかに宣言。当初、女性読者からの共感と大きな評判を呼ぶ。
- 後に因縁の関係となる伊藤野枝とは青鞜の仲間でもあった。
作成日: 2024年3月1日 更新日: 2024年3月1日
関連ページ: https://youtu.be/hAf8SM0_kSg