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日蔭茶屋事件だけじゃない女「神近市子」【『新しい女』の心意気編】
作成者: 日本人の9割が知らない歴史(@picolis_history)
- 1919年10月3日、31歳で八王子刑務所から出所した市子は、作家、翻訳家として文筆活動を開始。
- 出所後、新聞連載小説など多くの執筆依頼を受け、自立
- 出所の翌年、4歳年下の評論家、鈴木厚と結婚し、3人の子どもをもうける。
- 1928年、40歳で長谷川時雨主催の婦人の解放を進めるための女性誌『女人藝術』に参加
- 40代中盤、文筆活動を続け、生計に困らなかったが、避けや暴力など夫の素行が乱れ始める。
- 1935年、夫と婦人文藝を創刊も、約2年で終刊。
- 1937年、51歳で離婚。子どもたちも市子のもとへ。
- 戦時中、東京都町田市に疎開、終戦後は長野県に転居したが、すぐに東京へ戻る。
- 1946年、58歳のとき、婦人参政権を与えられた最初の総選挙。社会党の女性候補者のために応援演説。
- 翌年、民主婦人協会、自由人権協会の設立に参加し、参議院議員選挙に出馬も落選。
- 1948年、60歳で目黒区に住宅を新築しついに定住、文筆家から政治家へ転向。
- 1953年、65歳で衆議院議員に当選し、以後政界で活躍。
- 1957年、売春防止法の施工に尽力。
- 1969年、81歳で政界引退まで5回の立候補、4回の当選、5期13年の議員生活。
- 1970年、日蔭茶屋事件を取り上げた映画「エロス+虐殺」公開を巡り、プライバシー侵害で訴訟も「周知の事実」として棄却される。
- 同年、秋の叙勲で勲二等瑞宝章を受章。
- 1981年、93歳で市子の波乱に満ちた生涯が幕を閉じる。
- 「私の願いは、現代の婦人に、半世紀前の〝新しい女〟が、何かを求めて、暗い道を手さぐりで歩いてきた心意気を知っていただきたいことである」
作成日: 2024年3月15日 更新日: 2024年3月15日
関連ページ: https://youtu.be/P6EpXafZqcI