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坂本龍馬の姪「岡上菊栄」の生涯
作成者: 日本人の9割が知らない歴史(@picolis_history)
- 出生背景
- ・1867年(慶応3年)、現在の高知県高知市上町に生まれる。
- ・父は土佐藩の医者、岡上樹庵。母は坂本龍馬の姉、坂本乙女とされるが、樹庵の側女である公文婦喜とも言われる。
- ・菊栄自身は一貫して乙女が母と信じていた。
- 幼少期の苦難
- ・父と乙女は菊栄が生まれた年に離縁。4歳まで乙女の乳で育つが、家族が次々と亡くなり、家の跡取りに。
- ・乙女から学問、武術、馬術、水泳などの厳しい教育を受ける。真夜中に脅かされる訓練もあった。
- 貧困と労働
- ・8歳のとき屋敷と田を売り、叔父の家で居候することに。厳しい労働環境で毎日米つき、薪割り、農業をしながら学校に通う。
- ・食事は芋粥や麦飯、梅干しと沢庵のみ。魚は祭りや正月だけのご馳走だった。
- 乙女の死と孤独
- ・12歳のとき、乙女の危篤に間に合わず、看取ることができなかった。この死別により、孤児としての悲しみを経験。
- 教員への道
- ・15歳で町に出て勉学に励む決意。裁縫や内職で生計を立てる。
- ・小学教員学力検定試験を受けるために工面した費用や、学務課長との交渉の逸話が残る。
- 教員生活と家族
- ・1888年(明治21年)、アメリカ人宣教師の女学校に進学。慈愛精神を深め、後に教員となる。
- ・28歳で結婚し、二男三女をもうける。
- 博愛園での孤児救済活動
- ・1910年(明治43年)、高知博愛園の初代園母として孤児救済に尽力。施設の衛生改善や子どもの健康管理を徹底。
- ・孤児や貧困家庭の子どもたちに愛と理解で接し、生活を立て直すまで支援を行う。
- 戦時中の活動
- ・太平洋戦争中、高知博愛園で12人の子供たちを命がけで守る。空襲から子供たちを守り抜いた。
- ・戦後、博愛園の復興に取り組み、子供たちのための生活を再建。
- 晩年と引退
- ・1947年(昭和22年)、79歳で引退。退職後は孫たちに囲まれて穏やかな生活を送る。
- ・80歳で老衰により逝去。
- 遺産
- ・菊栄が世話をした子供たちの数は346人にのぼる。無欲で献身的な生涯を通じて、地域社会に多大な影響を与えた。
作成日: 2024年9月14日 更新日: 2024年9月14日
関連ページ: https://youtu.be/yEzULJYyhbs