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100年早かった女「伊藤野枝」【後編】
作成者: 日本人の9割が知らない歴史(@picolis_history)
- 野枝と大杉栄は精力的に活動を続けていたが、1923年9月16日、関東大震災から約2週間後の戒厳令下、甘粕事件として知られる悲劇に遭遇した。
- この事件では、野枝、大杉、そして偶然その日一緒にいた大杉の6歳の甥 橘宗一が憲兵隊に連行され、憲兵大尉甘粕正彦らによる暴行の末に古井戸に遺棄された。
- 事件は米国大使館からの厳重な抗議を受け、国際問題に発展した。これは大杉の甥が二重国籍だったためである。
- 当時、軍隊は震災後の戒厳令下で治安維持に不眠不休で努めていたが、この事件が情報統制されたことや、子どもも殺害されていたことが後に明らかになり世間を騒然とさせた。
- 軍法会議は甘粕らの犯行を断定したが、憲兵隊の組織的関与は否定された。
- 社会は、社会主義者や労働活動家に対する不法拘束や虐殺について意見が分かれており、甘粕の減刑や大杉が殺害されたことに関しては賛否両論があった。
- 3人の葬儀では、右翼の一団が大杉の遺骨を奪い、遺影に銃弾を撃ち込んで逃走する事件が起きた。
- 野枝らの墓は福岡県今宿村に作られたが、快く思わない者も多く度々壊され、後に静岡県の霊園に葬られた。今宿村の墓は山中に移され、名前も何も掘られていない岩の墓石が置かれた。
- 2023年には没後100年を迎え、野枝の再評価が進み、遠方から訪れ手を合わせる者もいる。
作成日: 2024年2月29日 更新日: 2024年2月29日
関連ページ: https://youtu.be/9znsST1QhHs