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放浪の作家「林芙美子」の人生(概要)
作成者: 日本人の9割が知らない歴史(@picolis_history)
- 【幼少期・少女時代】
- ・1903年、福岡県門司市小森江(現在の北九州市門司区)に生まれる
- ・母は鹿児島で温泉宿を手伝っていた林キク、父は行商人の宮田麻太郎だが籍は入れず
- ・父は認知せず、林フミ子として母方の叔父の戸籍に入る
- ・7歳で父が芸者を家に入れたことから、母は芙美子を連れて家を出る
- ・実は母は父の使用人・沢井喜三郎と恋仲に
- ・喜三郎と母に連れられ、炭坑町を行商する貧しい生活
- ・多くの転校を経験し、アンパン売りなどをして学業を継続
- ・15歳で尾道に移り、教師の勧めと支援で高等女学校(現・広島県立尾道東高校)に進学
- ・学費を稼ぐため帆布工場でアルバイトをする
- 【青春期】
- ・尾道時代、旧制中学生の岡野軍一と恋愛
- ・18歳から秋沼陽子の筆名で新聞に詩や短歌を投稿し作家への道を歩み始める
- 【上京と放浪生活】
- ・19歳で作家への夢を胸に上京、岡野を頼る
- ・しかし1年足らずで岡野と破局、貧しい生活が始まる
- ・女中、人形の色塗り工場勤務、女給などを転々とする
- ・田辺若男、野村吉哉らと知り合い、文学者たちと交流
- ・ダダイストやアナーキストのグループと関わり、多数の男性と同棲を重ねる
- 【作家デビュー】
- ・28歳の時、日記「歌日記」が長谷川時雨に評価され雑誌に掲載される
- ・2年後に「放浪記」として単行本化、60万部の大ベストセラーに
- 【渡欧と文名の確立】
- ・一躍人気作家になり、旅に出て紀行文や随筆を発表
- ・1932年にはロンドンにも住む
- ・1935年の短編「牡蠣」が客観小説として高く評価される
- 【戦時下の活動】
- ・1937年、南京攻略戦に毎日新聞特派員として従軍
- ・武漢作戦では内閣情報部ペン部隊役員として活動
- ・戦中も従軍しながら短編を発表、旅行記なども出版
- 【晩年と逝去】
- ・戦後は中長編を次々と発表、多作ぶりが目立つ
- ・1949年の短編「晩菊」で女流文学者賞を受賞
- ・講演旅行などで身体を酷使した末、1951年6月28日に47歳で急逝
- ・告別式には長蛇の列ができ、庶民の味方として追悼された
- 【主な作品】
- ・『放浪記』(1930年) 不遇の少女時代を自伝的に描いた長編
- ・『牡蠣』(1935年) 客観的な本格小説として評価が高い
- ・『晩菊』(1949年) 女流文学者賞を受賞した優れた短編
- ・戦記物:『武漢従軍記』『南支那旅行記』など
- ・その他、中長編小説、随筆、紀行文、詩など多数
作成日: 2024年4月27日 更新日: 2024年4月27日
関連ページ: https://youtu.be/qai_SqmeVYo