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100年早かった女「伊藤野枝」【前編】
作成者: 日本人の9割が知らない歴史(@picolis_history)
- 1895年: 伊藤野枝、福岡県糸島郡今宿村(現在の福岡市西区今宿)に生まれ。家は元海産物問屋、父は瓦職人だが放蕩者。母が生計を立てる。
- 幼少期: 好奇心旺盛。家に本がないため押し入れに貼ってある古新聞を読む。家の前の海で、島まで片道4キロを泳ぐ勇敢さを持つ。
- 1909年: 14歳で地元郵便局勤務、雑誌への詩や短歌投稿を始める。夏、母の妹一家の帰省で東京への憧れが募る。
- 1910年: 上京し、上野高等女学校に編入。作文の成績が抜群。英語教師辻潤と出会う。
- 1912年: 卒業後、帰郷するも両親が決めた婚約者と結婚させられ、8日で逃げ出し東京へ。辻と同棲開始。
- 辻潤との生活: 辻は非難され教師職を捨て翻訳で生計。のちに、二人の間には長男、次男が誕生。
- 青鞜社入社: 平塚らいてうらの女流文学社、フェミニスト団体「青鞜社」に入社。与謝野晶子ら「新しい女」と親交。
- 青鞜社の活動: 婦人解放運動の機関紙「青鞜」
- 1914年: 創刊時の発起人たちが去り、平塚多忙のため、野枝が「青鞜」の編集を引き受ける。
- 1915年: 「全部任せてもらえるならやる!」と宣言し、「青鞜」の経営を引き受ける。文芸雑誌から女性評論誌へと変革を試みる。貞操問題、堕胎問題、公娼制度などを論争。
- 青鞜社の終焉: 発売禁止処分などの困難を乗り越えながらも、1916年2月号を最後に無期休刊となる。
作成日: 2024年2月24日 更新日: 2024年2月24日