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日本初の女医「荻野吟子」の人生(その2)
作成者: 日本人の9割が知らない歴史(@picolis_history)
- 医術開業試験の願書却下: 医術開業試験の願書が前例がないという理由で何度も却下される。しかし、吟子はあきらめない。
- 古文書からの前例探し: 吟子は古文書から前例を探す。塙保己一が復元した古代律令の解説書、「令義解」で、日本にもかつて女医らしい者がいたことが記されている。吟子はこれを強調し請願する。
- 明治政府の職制復活: 当時、明治政府が律令時代の古い職制を復活させていたことから、令義解も説得力を持ち得た。
- 高島嘉右衛門の支援: 実業家の高島嘉右衛門が吟子の状況に同情し、救いの手を差し伸べる。吟子が医学校「好寿院」在学中に高島家で家庭教師をしていた縁から、高島は吟子を応援する。
- 井上頼圀への頼み込み: 高島は井上頼圀に頼み込み、令義解のことを資料にしたものを作成してもらい、それを添えた長与専斎への紹介状を吟子に持たせる。井上は吟子が上京した際に入門した神習舎を開いた国学者で、当時、政府に対し発言力を持っている。
- 長与専斎の存在: 吟子の運命を握っているのは紹介先の長与専斎。長与は当時の医師資格に関する政府のトップ、内務省衛生局の局長だった。
- 石黒忠悳の協力: かつて好寿院への入学の道を開いてくれた医学界の重鎮、石黒忠悳にも吟子は相談する。石黒も責任を感じ、衛生局長与局長の元へ説得に向かう。
- 女医公許の決定: 吟子と支援者達の熱意に打たれた長与局長の計らいで、1884年に女医公許が決定し、ようやく受験が認められる。
- 医術開業試験の合格: 医術開業試験は前期と後期があり、吟子は前期試験で女性で唯一の合格者となる。後期試験でも吟子は合格する。
- 日本初の公認女医、荻野吟子: こうして、日本初の公認された女医、荻野吟子が誕生する。吟子はこの時34歳で、医師を志すきっかけとなった入院から15年、退院後の本格的な勉強開始から13年もの月日が経っていた。
作成日: 2024年3月25日 更新日: 2024年3月27日
関連ページ: https://youtu.be/JJel_1jrFDg