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日本初の女医「荻野吟子」の人生(その1)
作成者: 日本人の9割が知らない歴史(@picolis_history)
- 1851年:埼玉県熊谷市俵瀬の荻野家に生まれる。荻野家は名主で、代々苗字帯刀を許されていた。幼少期から聡明で勉強好き。
- 1868年:17歳で地域有数の豪農、稲村家の長男・寛一郎と結婚。
- 1870〜1872年:寛一郎から淋病をうつされ、これが原因で離婚。一時は生死をさまよい、大学東校付属病院(後の東京大学医学部の付属病院)に約2年間入院。男性医師の診察に屈辱を感じ、これが嫌で受診せずに命を落とす女性さえいることを嘆き、女性医師を目指す決意をする。
- 1872年:退院後、故郷に戻り、幕末の著名な儒学者、寺門静軒が開いた両宜塾に入門。松本万年から教えを受けた。そこで共に学んだ万年の長女荻江とは、深い親交を結んだ。
- 1873年:22歳で上京し、国学者・井上頼圀の私塾・神習舎に入門。
- 1875年:24歳で女性の教員養成を目的とした東京女子師範学校(お茶の水女子大学の前身)の一期生として入学。
- 1879年:28歳で卒業時、医学界の重鎮・石黒忠悳を紹介され、好寿院への入学が許可される。様々ないじめや苦労を経験しつつ、複数の家庭教師や教育顧問も務める。袴姿で高下駄を履き、男性と同じショートカットで過ごした。
- 1882年:好寿院を優秀な成績で卒業。
- 同年:国家資格・医術開業試験の願書を提出するが、「前例がない」という理由で却下され続け、窮地に立たされる。
作成日: 2024年3月21日 更新日: 2024年3月27日
関連ページ: https://youtu.be/DYjPWSCo-pU