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特攻の母「鳥濱トメ」の人生
作成者: 日本人の9割が知らない歴史(@picolis_history)
- 【1902年〜】
- ・鹿児島県川辺郡西南方村坊下浜(現在の南さつま市坊津町坊)に生まれる
- ・幼少期から貧しく、8歳で枕崎の裕福な家に子守奉公に
- ・15歳で市内の警察署長宅に女中奉公するが、同年代の署長の娘姉妹から酷く当たられる
- 【1920年代】
- ・18歳で加世田市の「竹屋旅館」の女中になり、初めて優しくされる。ここで将来の夫・鳥濱義勇と出会い結婚
- ・27歳の時に川辺郡知覧町(現南九州市知覧町)に富屋食堂を開業
- 【1942年】
- ・知覧町に陸軍知覧飛行場(大刀洗陸軍飛行学校知覧分教場)が完成
- ・富屋食堂が陸軍指定の食堂となる
- 【1945年】
- ・知覧が特攻隊の前線基地となり、トメは富屋食堂で特攻隊員の最後の食事の世話をする
- ・特攻隊員に食べたいものを自費で用意し、遺書を預かり家族に届ける
- ・出撃直前の特攻隊員の様子も綴って家族へ手紙を送る
- 【終戦後】
- ・飛行場跡地に1本の棒を立て「これが墓」と娘たちに語り、毎日手を合わせる
- ・観音堂建立を願うが、反軍反戦の世論から批判される
- 【1952年】
- ・「基地跡を訪れる遺族のため」に富屋食堂に隣接して富屋旅館を開業
- 【1955年】
- ・観音堂建立に向けて知覧町役場に協力を求め続けついに願いが叶う
- ・トメも自費を捻出し、町の支援を得て「特攻平和観音堂」が建立される
- ・毎日観音堂に通った
- ・自分の孫や近所の子どもらにもお参りや掃除をさせて、特攻隊に対する慰霊の心と平和の尊さを伝え、そして語り継いでほしいと話をし続ける
- 【1972年頃】
- ・作家・高木俊朗の著作やカバー曲で注目を集める
- ・テレビ番組への出演や、トメをモデルにした「基地の母」という歌曲の発売で全国的に知られる
- 【1992年】
- ・89歳でこの世を去る
作成日: 2024年4月10日 更新日: 2024年4月11日
関連ページ: https://youtu.be/JkHSGtu2Ops