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両腕を無くした「大石順教」の生涯
作成者: 日本人の9割が知らない歴史(@picolis_history)
- 1888年、大阪の道頓堀にある二葉寿しで生まれる。名はよね。
- 生まれてすぐに養子に出される。
- 3歳で日本舞踊の京舞 山村流に入門し、10歳で名取となる。
- 13歳で名前を妻吉に改め、堀江のお茶屋、山梅楼の芸妓となる。
- 山梅楼の主人、中川萬次郎の養女となる。
- 17歳の時、堀江六人斬り事件に巻き込まれ、両腕を失う重傷を負う。
- 地方(ぢかた)として長唄や地歌を披露し、旅の巡業を始める。
- 仙台の旅館でクチバシで雛に餌をやるカナリアの姿を見て、口で字を書く技法を習得する決意を固める。
- 1912年、日本書画家の山口草平と結婚し、長男と長女をもうける。
- 夫の不倫により、結婚生活は15年で終わる。
- 離婚後、身体障害者の相談を受け始める。
- 43歳で大阪の高安に庵を建て、婦女子のための収容施設を設立。
- 45歳で高野山金剛峯寺にて仏門に入り、名を順教と改める。
- 48歳で京都市山科の勧修寺に移住し、身体障害者の相談所「自在会」を設立。
- 67歳で口筆写経が日本美術展覧会に入選し、その芸術性が高く評価される。
- 『無手の法悦』『生き抜く力』などの著書を通じて、多くの人々に勇気と希望を与える。
- 1968年、80歳で生涯を閉じる。
作成日: 2024年7月2日 更新日: 2024年7月2日
関連ページ: https://youtu.be/qSD1htepH-A