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楠本高子に降りかかる度重なる悲劇
作成者: 日本人の9割が知らない歴史(@picolis_history)
- 【出生の悲劇】
- ・楠本高子は1852年に生まれ、出生当時は「タダ子」と呼ばれた。その名は「天がただで私を授けたもの」という意味から来ている。
- ・高子は母 楠本イネが石井宗謙によって乱暴された結果生まれた子である。
- 【幼少期】
- ・高子は13歳まで祖母お滝のもとで育ち、琴や三味線、舞などの芸事を学ぶ。
- 【夫を失くす】
- ・14歳でシーボルト門下の三瀬諸淵と結婚し、11年後に三瀬が亡くなる。
- 【母と同じ悲劇に遭う】
- ・三瀬の死後、高子は母 イネと同じ産科医を目指すが、医師 片桐重明による乱暴で子を身ごもり、医師の道を断念。
- 【再び夫を失くす】
- ・後に医師 山脇泰助と再婚するが、また7年後に山脇を失くす。
- 【後年】
- ・その後、母イネと暮らしながら、幼少期に学んだ芸事を教える生活を送る。
- ・高子は語る「考えてみますると、祖母の一生も母の一生もそして私にもほんとうにいろいろなことがございました。」
作成日: 2024年2月3日 更新日: 2024年2月3日