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鹿鳴館の貴婦人「山川捨松」の激動の人生【パート5 続・結婚編】
作成者: 日本人の9割が知らない歴史(@picolis_history)
- 大山巌(42歳)と捨松は親子ほど年齢が離れていたが、捨松の提案でデートを重ねるようになる。
- 捨松が大山の薩摩弁を、大山が捨松の会津弁を理解できなかったが、フランス語で話し始めた途端に会話が弾み始める。
- 捨松は大山の懐の深さと茶目っ気ある人柄に惹かれ、初デートからわずか3ヶ月で結婚を決意。
- 捨松は親友アリスに「どんなに家族から反対されても結婚する」と書き、彼と結婚し、その立場から女性のために何かできればと考えていた。
- 1883年11月、二人はおごそかに婚儀を挙げ、1ヶ月後には鹿鳴館で1000人を超える招待客を迎えて盛大な披露宴を開催。
- 陸軍大臣夫人となった捨松は鹿鳴館の貴婦人と呼ばれ、西洋式の礼儀作法を日本の上流夫人に教える役割を果たす。
- 捨松は英語、フランス語、ドイツ語で外交官たちと流暢に談笑し、アメリカで学んだ社交ダンスを披露し、鹿鳴館の花とも称されるように。
作成日: 2024年2月16日 更新日: 2024年2月16日