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日本最初の女子留学生「山川捨松」の激動の人生【パート2 アメリカ編】
作成者: 日本人の9割が知らない歴史(@picolis_history)
- 【アメリカ到着】
- ・1871年11月、横浜からサンフランシスコへ23日かけて到着。
- ・5人の女子留学生のうち、年長の2名は病気で帰国。捨松と他2名は異文化に順応。
- 【生活と友情】
- ・ニューヘブン市の宣教師ベーコン夫妻の家庭に入る。約4年間を過ごす。
- ・ベーコン家の末娘アリスと生涯の親友に。
- ・兄健次郎はエール大学で学び、捨松に日本語学習を指示されるも、これが本人にとっては最も困難なことだった。
- 【宗教と学問】
- ・キリスト教への入信を当初は避けるよう兄から言われていたが、1876年にベーコン牧師から洗礼を受ける。
- ・バァッサー大学に進学し、英文学を専攻。学内の人気者になる。
- 【学業成績と活動】
- ・学級委員長を務め、創立記念日には実行委員長として着物を着用。
- ・日本の国際情勢や内政上の課題に明るい、官費留学生としての自覚も持つ。
- 【学位取得と講演】
- ・1881年、留学期間満了による帰国命令が出るが、1年間の延長を要請し認められる。
- ・1882年、学年3位でバァッサー大学を卒業し、日本人女性として初めて学士号を取得。
- 【看護資格取得】
- ・アメリカ赤十字社に関心を寄せ、その活動に注目。
- ・卒業後、ニューヘイブン病院で2ヶ月間の実地看護に従事し、甲種看護婦の資格を取得。
作成日: 2024年2月13日 更新日: 2024年2月13日